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2007年9月号の表紙のスケッチ

武田氏滅亡後、である。家康から秀吉。さらにまた徳川の江戸時代の間、明治に至る迄の約300年を舞鶴城は生きたことになる。最盛期の1600年頃は約20ヘクタールに及んだ巨大な城は、時とともにその主を変え、次第に縮小していった。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。」本国甲斐城を築かなかった武田信玄。民政こそが軍事力の基礎であることを疑わなかった甲斐の為政者。その後の統治と支配の歴史を生きた主定まらぬ城。400年の時を経てもなお、その壮観な遺構を現在に伝えている。

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